自分はマシュー・スティーヴンスが本当に苦手なのか確認してみた件

ライヴで何回も観ているのだが、なぜかピンとこないギタリストがいる。

マシュー・スティーヴンスもそういう一人。テレキャスターを駆使し、エフェクト、サンプルも柔軟に使いこなす。音楽スタイルの適応能力も高く、何でもござれ。しかも自分のスタイルで貫く。
このディテールだけであれば決して、あまり好きじゃないなんてことは無いはず。どちらかというと好きなタイプのギタリストのはずなのだが。

それで「そんなことないはずなんだがなあ」と思って聴きにいくのだ。例えばERIMAJIとかEsperanzaのEmily D、そしてEsperanzaのトリオ(3月に見た)。

しかし毎回、何か食い足らなさが残るというか、嵌ってない感を感じてしまう。

これは一体なんなんだろうか。

・テレキャス好き
・無茶でチャレンジングなやつ好き
・エフェクト使い好き
・腕前問題無し

てな具合で引っかかるところがないはずなのだ。

冷静に、何が”ん?”と思わせているのか。
・何かマッチせずに突っ走ってる感じがする。アクが結構強い
・そもそもの期待値が高すぎるのでメインを差し置いて余計に注目してしまう。
・わりと大きいのでステージで目立つ

そんなことを考えていると彼のアルバムがリリースされた。

『プレバーバル』はサンプリングやシンセなどもガンガン使っていてエレクトリックでダウナーな仕上がりを見せている。ドラマーのエリック・ドゥーブを共同プロデューサーにして音作りにフォーカスした作品になっている。密室感を感じさせるというかベッドルームミュージックの世界。この20年ほどは演奏家たちがすごく自由になっていて、表現の幅や楽器に縛られない作品作りを行なっている。またその思考の広がりが楽器の演奏にも影響を与えていてどんどん”○○こうあるべし”みたいな枠組みは意味を成さなくなってきている。

一方でリスナーとしても、より自由な感覚があればあるほど楽しい時代になってきている。しかもアーカイヴへのアクセスは容易で、“昔の誰々みたいなスタイルを聴きたい”となればその人の音源を聴けばいいのだから、ミュージシャンに求められるのは先へ進むこと、あるいはスタイルの新旧を問わずやりたいようにやって振り切ることという状況なのだろう。

もちろんテクノロジーの発展は、記録を残すという意味では圧倒的に音楽的な自由度を上げている。パーソナルな録音環境を持つことが出来るようになった。(一方で貴重な録音機材や整備された録音環境というものが危機的な状況を迎えているのは厳しい問題であり、そうした環境の保存というのは重要な事柄でもある)。


そうこうしていると8月末にマシューがやって来るというではないか。

ちょっと逡巡して、むしろこれはあえて観に行くべきなのではないかと考えるようになった。

ステージにはそれぞれのメンバーの脇にPCがあったり、サンプラーがあったりでやる前からやる気に満ちたセッティング。薄青いマシュー・スティーヴンスのテレキャスターもステージ上に置かれている。

ベーシストのザックもこんなセット

3人が出てくると、演奏自体は8割は楽器、2割はサンプルという感じで、適度に変化に飛んでいた。またマシューのギターは完全に音楽と一致。そりゃそうなんだけど今まで感じていた違和感がなかった。シングルコイルのギターを歪ませると出る独特なヒステリックさ、テレキャスターの暴れる感じ、ガリガリした感覚をうまく音楽に取り込んでいる。

もう一つ思ったのはあまり一つの強いルーツを感じさせないこと。コンテンポラリージャズギターだと10年前までは誰も彼もがカート・ローゼンウインケルやその前だとパット・メセニーとか、ジョージ・ベンソンとかまあいろいろ影響力の強いプレイヤーがいて流れが出来やすい部分を感じるのだが、彼はその影響のギリギリ外側にいる感じになってきている。

以前、例えばクリスチャン・スコットのバンドに入ればもう少し、誰々ぽさとかがあったが、そういった感じはすごく薄い。逆にすごく色が強くあって、ジャマイヤ・ウイリアムスやエスペランサはその色が欲しくてバンドに呼んでいるのではないだろうかと思った。ただ結構強い色彩を放つのでうまく混ざらない感じというか、主役に憚らない姿勢が滲んでいるのではないかと思えた。

ドラマーのエリック・ドゥーヴ、そして今回ともに来日したザック・ブラウンも良い感じにインナーなキャラ、そしてプレイでアンサンブルもしっかりしていたし、機材の使いこなしも良くて、いいライブだった。

マシューの横にもサンプラーがセットされている

そしてマシュー・スティーブンスはいいギタリストだなと思った。ちょっと違った色合いを放つというだけでもうその魅力に溢れいてる。ようは受け止める側のオープンな感覚を問うているということなのだろう。

ただやっぱりマシュー・スティーヴンスは自身のプロジェクトが一番輝いていると思う。また、安易に「あまり好きじゃないな」と思うだけで選別してしまうということはリスクのある行為だなと改めて思った。今回は探ってみた結果とてもいいライヴに出会えたのだから。

とはいえ人生は後悔の産物ともいえる。後で振返って一人赤面するなんてことは往々にしてあることなのだから、それでいいのかもしれない。後悔出来ずに開き直るより

写真/文:鈴木りゅうた

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