「よく噛むことが大事ですよね、なんでも。やっぱり笑っていられるのが1番良いかな」
前回は消えたギタリストの消息と帰還を追った。今回は、奇しくも同年代の柴山哲郎とギターミュージックについて掘り下げたマニアックトークを中心に展開する。
『解放』
柴山哲郎のキャッチコピー的な言葉は『解放』だろう。13年ほど前、私の友人のギタリストが、一度、柴山がギターを弾かなくなる直前に、そのソロパフォーマンスを長野のイベントで見ている。その彼から「凄い人がいたんですよ、柴山哲郎って知ってますか?」と尋ねられた。その時の話を柴山本人にしてみた。
「その長野でやったライブは精神的にもすごいヤバイ時期だったんですよね。本当にギターを辞める直前じゃないかな。ループマシンを使って”解放だー!”とか言って。そしたら、お客さんも山の中というシチュエーションもあってか、”解放だ!”と盛り上がりましたよね。それぐらいのころから”解放”は使ってる(笑)。まだ使ってるんですけど、実は僕は飽きてる感じもありますよね(笑)。みんなはまだ喜んでくれてるんですけど、鬱屈してるものが世の中にあるから。
そんな中で解放という言葉はよくわからないけど“いい言葉だ”と思っているのではないかなと。
そういう意味では僕もあまり言葉に酔える年齢ではなくなってるかな(笑)。20代の頃はやっぱり言葉に酔ってる部分ってあったじゃないですか。でもその頃は意味もなくというか、面白いだけで「解放」と言ってたけど、何かモヤっとするからそういう言葉が出てくるわけで、、、。結局、自分をみつめてみないとダメなんだなと思ったんです。今もまだまだ途上ですけど(笑)」。
『エレクトリック』に“解放ショー”は収録されている。ヘヴィーなリフから始まりさまざまな展開を見せるファンタジックな曲だ。ヘヴィメタル、ファンク、ブルースなど様々なアプローチを一つの曲に閉じ込めてある。この曲のMVもまた印象的で、高山康平監督による脱日常的である種アヴァンギャルドな映像、ほとばしるような俳優、田中一平の演技、そして登場する柴山本人の妖しげな存在感。「あのMVはもう撮影が超過酷で。全然、解放じゃなかった(笑)。撮影が夏の超暑い日で。でも監督も役者さんも曲をよく噛み砕いてやってくれました」。
太さ、力強さ、暖かみ
多種のスタイルを持つのは現代ギタリスト的だ。
それについて「ずっとやりたいことを今回はやった。20代の頃から音色とか曲とかもあまり変わってないです。それを前面に押し出した。録音は1発録音です。たしか4、5時間で録り終えたんじゃないですかね」という。
サウンドの太さやしなやかさ自体は以前からの彼の持ち味でもある。こうした柴山のギターサウンドの太さはどこから来るものなのだろうか。
「エレキギターは網羅的に好きなんですけど、特に太さのある人や熱のある人が好きです。スティービー・レイ・ボーン。あと、スティーブ・モーズ。スティーヴ・モーズは僕の中では神ですね。アメリカに行きたいと思ったのもスティーヴ・モーズがきっかけ。初めて自分の心の中に触れてくる音楽がスティーヴ・モーズだった」。
スティーヴ・モーズは80年代を代表するギタリストの一人。ヘヴィーメタルからフュージョン的なアプローチまでをこなす。90年代にはディープ・パープルに加入し活動した。
柴山は「日本人受けしないコードとメロディ、時々メロディアスすぎるなと思うこともある。自分もあまりメロディアスすぎるのはちょっと苦手なんだけど、スティーブ・モーズとトルコ音楽だけはなぜか別ものなんですよね。スティーブ・モーズは明るくて力強い。そういうのに自分も憧れてギターを始めたっていうのもある。一度、彼もギターを弾いてない時期があるんですけど、そこもシンパシーがあるのかも知れません」と評する。
太さに影響を与えたもう一人はスティーヴィ・レイ・ヴォーンだ。
「レイ・ヴォーンもすごく太い。一音で気持ちを持っていかれる。アンプもダンヴルを使っていて、音がいいんですよね。ギターの音は僕が聴いてきたギタリストの中では1番いい音出してたんじゃないですかね」。飛行機事故で亡くなった人気のギタリスト。ブルースをベースにした熱いギターを弾く。太い弦を思い切り引張る。「指から血が出るくらいの時もあったみたいですね」とは柴山の談。
バークリー時代の恩師ジム・ケリーからもサウンドを含めた機材選びに影響を受けた。「彼もギターはストラトで、アンプはスーパーリバーヴ。あの人は64年のスーパーリバーブを使っていて、それに憧れて僕も68年のスーパーリバーブを使ってます。今回のアルバムのレコーディングではデラリバを使いました。それもフル10にして。そういう太さは大事にしてますね」。
ギタリストが生み出す熱気
自らの志向に寄り添い、生まれた骨太感に加えてきらめくようなサスティーン。改めて思い出したのはエレキギターには独特の太さとエネルギーがあるということ。これは他の楽器にはない魅力だ。「僕らが高校生くらいの時はギターが音楽のメインだったでしょ。今は少しずつメインから外れている感じがある。裏方の役割というか。僕らが若い頃はスティーヴ・モーズやスティーヴ・ヴァイとか、ギタリストが本当にやばかったなぁと思うし。そういうのが染みついてる。今はエレクトリックギターを全面に出す人もあんまりないからこそ、もっとガーンってギターの音を出していいかなと思ってますね」。
もう一つエレキギターの魅力として思い出させてくれたのは熱さも格好良さの一つということ。最近、その感覚を忘れつつあった。
「最近のギタリストはみんなものすごく巧い。でも温かみを感じないことも多い。だからそれを出していきたいと思う。スティーヴ・モーズはすごい暖かいんですよ。そう思ってるのは俺だけかも知れない(笑)。最近だとジュリアン・ラージは暖かさを感じるかな。ビル・フリゼールやジョン・スコフィールドなんかは肌の温度があるじゃないですか」。
彼の言葉を聞いた後に改めてスティーブ・モーズを聴いてみた。80~90年代は数々のテクニカルなギタリストが技術を競った時代だったが、スティーヴ・モーズはその中でも圧倒的に力強い。そしてスキっとした明るさとどこかハッピーな感覚がある。
たくさんの要素を取入れたとしても最終的には自分のサウンドを目指す
改めてリアルな真空管アンプのニュアンスの魅力や音を出したときの快感を思い出した。「デレク・トラックスみたいにアンプ直はいいですよね。彼もアンプはスーパーリバーブですよね。本当にギターが鳴っててアンプが鳴ってるって言う感じ。そういうことが好きです。僕の好きなギタリストはみんな太いですよね。ジョン・スコフィールドもパット・メセニーも太いし。みんな楽器がしっかり鳴ってる。あと、黒人ギタリストはある物の中で自分達の音を出す人が多い。アフリカのミュージシャンとか弦一本で物凄い演奏をする。それしかなければその中でやってしまうんですよね。それも良いなと思うし、機材に凝ってる人も好きだったり、僕はその辺はいいとこ取りすれば良いのかなと思います。最終的に自分のサウンドになってればそれで良い」。
東海岸のミュージシャンたちは電車でフラっと現れて適当な機材で鳴らす。そうしたことには地域性もあるのではと柴山。
「西海岸系のギタリストはスタジオの人が多いのですごくメンテナンスもきちっとしてる。けど東海岸の人はほんと結構適当なんですよね。僕がバークリーにいた時にちょっと習ったジョン・ダミアンという人がいるんですが、ギターがものすごく汚い(笑)。彼は教育者としてはビル・フリゼール始めいろんなギタリストを輩出してるすごい人なんですけどね。でも、もう今は何も覚えてないです(笑)。アメリカ人の音楽に対するエネルギーだけは残ってる。ボストンでは音楽漬けで周りもみんな音楽好きで、楽しかったですね。毎日、ジャムセッションして。そういう熱は全然、今も切れない。例えば日本のギタリストでは3速位まででソロが終わっちゃう。でも向こうの人は6速に入るまで続けるじゃないですか。そこは僕も意識してやってます」。
「場所によって社会性も違う。日本は密集しているから派手に暴れられない。こじんまりしてる良さがあるわけだし。絶対、アメリカ人みたいに行かなきゃいけないというのはおかしな話ですよ。逆に人に呼ばれた時はアメリカ人でもそういう時もあるし。あ、でもジョンスコとか壊しまくってますね(笑)」。
嗜好は明るい音楽
様々な音楽を愛聴する柴山。ウード奏者の話やクラシックギターの話題などにも広がる。しかし、嗜好には一定の傾向があるという。
「ジャズなら例えばソニー・ロリンズが好きですね。ソニー・ロリンズはユーモアがあるんですよね。明るくて社交的な感じ。テナーだとジョン・コルトレーンはもちろんかっこいいんですよ。でも自己探求をそのまま音楽に出してる感じで表現が暗いなって。だからソニー・ロリンズのほうが好きですね。そうした流れだとマイルス・デイヴィスもいっぱいCDを持ってます。でも僕にとってはちょっと暗いかな。暗いといえば昔、ボストンでデイブ・リーブマン、ウルフガング・ムースピール、ミック・グッドリックのトリオを見に行ったんですよ。それがものすごく暗くて(笑)。しかも、それを当時付き合ってた彼女と見に行ったんです。すごい嫌がりましたよ、”気持ち悪い”って(笑)」。
とにかく楽しくやる
“音楽は楽しくやる”ということはよく言われることだが、突き詰めるタイプの人間にとって容易ではないこともある。それを越えてもやっぱり楽しくやることが大事だという。
「この前、マイク・スターンが大けがして指に接着剤でピックをつけて弾いてるなんて話をしたりしたので久々に聴いたんですけど、やっぱ熱いんですよね。バカになれるっていうか。俺もウードをやって、それで体壊して思ったのは、“これは楽しくやらないと意味がないな”ってこと。弾きすぎて腕や首とか壊したんですけど、それをきっかけにして精神もまいっちゃっいましたからね。楽しくやりたいですよ、音楽は。
酒を一杯くらい飲みながらやるのがいいのかもしれないですよ、リラックスして。いくらライヴの経験を重ねても緊張はいつまでも取れないですからね。アラン・ホールズワースもかなり飲んだらしいですよ。彼は酒で死んだようなもんです。僕のライヴでは崇もすごく飲んでますよね。彼は不真面目を装ってすごい真面目(笑)」。
実際にライヴ前に一杯、酒を煽ってから始めるミュージシャンは多く、来日ミュージシャンでもそうしたプレイヤーは多い。2018年の夏に来日したやはり同年代のジャズギタリスト、ジョナサン・クレイスバーグがショーの前に、バーで立ち止まり、毎回ウイスキーをショットで一杯煽っていた話題に。「ウイスキーは緊張を取りますからね。まあ、車でライヴに行くと飲めないんですけどね(笑)」。
こうした幅広いエレクトリックギター愛を中心にギターミュージックを聴かせる『エレクトリック』。生真面目なのに全開のユーモアセンス。ユニークな視点も感じさせる背景が音楽に色濃く描かれている。
さて、次はついに完結編、帰還したギタリストの今とこれからに迫る。
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