今沢カゲロウー進化を続ける男Vol.1

6弦フレットレスベースで描くSF

「鉄男」というSFホラー映画がある。実際にその映画を見たのはたぶん高校生の頃で、モノクロにコマ取りを駆使したスピード感のある映像、金属と同化するという無機的な恐怖感と不可解なストーリーが不可解なまま完結しないで終わる。

最初に今沢カゲロウのパフォーマンスを見た時にイメージしたのがこの映画だった。

初めて今沢カゲロウのパフォーマンスを見たのは、札幌のコミュニティFM三角山放送の1階にある中学校の教室ぐらいの大きさのイベントスペースだった。その当時は会社員をしながらイベントを自分で組んだりしていて、その宣伝のために訪ねた三角山放送のSさんに”こんな人がいるから見に来るといいですよ”と誘われたのがきっかけだった。

ニューヨーク、ベルリンといった都市で活動し、90年代の伝説的レイヴイベント、ラブパレードにもベースパフォーマンスで参加するなど、明らかに異色の経歴。ちょうど4枚目のアルバム『4Phusion』をリリースしたばかりの頃で“ベースフューチャリスト”を名乗り“Bass Ninja”と称されるこの人物に興味を持った。

黒ずくめの衣装に色の薄いサングラス、短く刈り込んだヘアスタイル。黒い6弦フレットレスベースを肩にかけて登場した今沢はほぼ無言で40分のステージを休憩を挟んで2セット行なった。そのステージは圧倒的だった。

高速2フィンガーやスラップ、そして「エディ・ヴァン・ヘイレンがルーツ」と20年後に本人から聴くことになる両手タッピングなど超人的にテクニカルなベースだけではない。

特に圧倒されたのはメロディラインやリフの無国籍な格好良さ。コンパクトエフェクターを駆使して一人でオーケストラのごとく組み上げる発想の柔軟さと構成力はベースソロパフォーマンスという枠を遥かに超え、圧倒的な世界観を提示していた。

そして楽器とのシンクロ度。人体から鉄男の田口トモロヲのごとくベースギターとエフェクターが外部器官として精製され生えているたのではないかと思った。

発想を実現させるための技術

この時、使っていた機材の中核を成すのがBossのデジタルディレイDD-3と同じくBossのピッチシフター/ディレイのPS-2だ。DD-3は当時踏んだままにすると0.75秒程度のフレーズをループできるという機能があった。このホールドによるループを駆使して、PS2で様々な音域をフォローし幅広いレンジにアクセスしつつ、アンサンブルを埋める。

方向性としてはアンビエント、テクノ、インダストリアルといったクラブミュージックやベッドルームミュージック的なものだった。そこにインド、ジャズ、プログレ的なもの、ロックのリフなどがぶち込まれ世紀末音楽が出現していた。

テクニカルなベースプレイが注目されるが、それは要素にすぎない。プレイヤー誌はその部分をフォーカスし、ベースプレイヤーはその部分を追うかもしれない。
しかし、私はその音楽の全体像こそ今沢カゲロウミュージックの本質であり、注目してもらいたい部分だ。

「ベースを絵筆に未来の世界を描こうとしてきた」という言葉は作品を聴くと説得力がある。その志向した世界の表現のためにベースの技術を駆使している。

「1人でやっていたからこそ1人でオーケストラを完成させなければいけませんでした。指揮者のスタンスに近い」という言葉はGKピックアップによるベースシンセサイザーの導入時を知るとよく理解できるだろう。
音色という幅を手にしたことで、その音色のパレットを『Folks』などではカラフルに使用して独特な世界観を描いた。

一人でパフォーマンスをする時にいかに聴衆を巻き込むかを常に思考し続けている。さながら大手企業の敏腕マーケティング担当のよう。演奏以外での興味をそそる要素を遠慮なく打ち込むが、それがベース演奏を中心に繋がっていく。

今沢カゲロウのライヴパフォーマンスのオハコの一つに「人間メトロノーム」というのがある。今沢がテンポを宣言し、ループでフレーズを作る。その後にメトロノームを鳴らすというものだ。
これは最終的にメトロノームのクリック音がアンサンブルに吸収されて完成される。大道芸的能力の提示と音楽表現を整合させたものとして昇華しており、こうしたセンスの高さがいたるところに溢れている。

驚異的な活動範囲と表現の未来性

最初にライヴを見て以降も機会があればそのパフォーマンスを観に足を運んだ。時間が経つと進化しているからである。MCでは軽快なトークを展開し、声を加えたパフォーマンスなど変化をいとわない。
活動内容も北極圏ツアーという意味不明な展開から、ルーパーの開発でローランド社に協力しループステーションRCシリーズや島村楽器のヒストリーシリーズへの開発協力をしていたり。変化し続ける姿は変わりがない。その変化は常に先の先へいっていた。

RC-20の登場以降ループをライヴの現場に持ち込んでパフォーマンスするミュージシャンが増えた。当時それに新しさを感じたリスナーは多かったかもしれない。しかし、自分にとって、今沢カゲロウの音楽を1999年に聴いた衝撃を超えることは決してなかった。これについて訊くと今沢は当時をこう振返ってくれた。

「新しい絵を書きたくてループステーションの開発に参加させていただきました。それまではループでの音楽表現はあまり前例がなかった。だからインターネットの掲示板なんかで叩かれたりもしました。

でもループステーションが出来上がり、気がつくとループフェスティバルなんて開催されてたり。これを使うのは当たり前となってきた。
そうなると音楽を聴くだけで“ああ、これループで作ったな”とわかっちゃうんですよね。つまり音楽として形骸化している。気がついたら音楽がスリーコードを使うような感覚でループを使うようになってしまったんですよね。そうなると新しい音楽を作りたくてやっていたので“つまらないなぁ”となって。なんというかループアプローチは常套化しましたよね」。

「自分自身のあり方がアート」

島村楽器のヒストリーシリーズに関わったときには葛藤もあったという。

「ニューヨークのニッティングファクトリーの泥水をすすって、アンダーグラウンドをさまよってる人間に、あらゆるイオンモールに入ってるような、業界大手の楽器店の商品の開発を任せていいのかみたいな(笑)。

それは私の中でものすごくヤクザな行為なんですよ。岡本太郎さんがお酒(注:ロバートブラウン)の特典で太陽の塔の顔をモチーフにしたロックグラスをつけることを許可したことがあってすごく叩かれたらしいんです。”芸術家がこんなことやっていいのか”と。それに対して“芸術家がこういうことをやることに意義がある”と岡本さんは言ったそうですが、そういう感覚です。

私は自分みたいな野良犬のような人間がアカデミックな現場にいたり、地域に根ざしたファミリー層が行き交うようなメジャーなショッピングモールにある楽器店の商品開発をしてることに、サーストンムーアがボロボロの楽器を使うようなパンク精神というかヤクザ性を感じたんですよね。私の人生含めて人間彫刻というかアートとして」。

キングレコードで3作をリリースしているが、その時もそうした心境にあったという。

「自分で版権を全部管理していくスタイルでやってきてましたから“メジャーでやりませんか”と言われた時は相当葛藤しました。その時もやっぱりこういう感覚でしたね。“メジャーとして関わるのであれば、私のようなヤクザみたいな人間がここにいると打ち出して入り込むのはアリだ”と判断して」。

その後、冬の北海道で足を骨折し、フィジカル的な理由からPCベースのシステムを導入している。そんなエピソードにも今沢カゲロウの未来志向は反映している。かなりの大けがで、コンパクトエフェクターでの切り替えができないことを瞬時にさとり、入院中にエンジニアに相談したという。その後予定より早く回復し復帰。

自主制作へ戻り、様々な人との瞬間作曲などを経て、2016年には南インドの至宝、カンジーラの名手V・セルヴァガネーシュらを招き19枚目のアルバム『Blue moon』をリリースした。

2018年の北海道地震を経て

それから3年。

20枚目のアルバム『兆/kizashi』は北海道に関わるミュージシャンを招聘し、徹底したバンドサウンドでの作品となった。このアルバムは2018年の北海道胆振地震の復興支援としてスタートしたプロジェクトである。

実は今沢が震災発生数時間後には、復興支援を目的に販促物の売上げを教育支援に充てることを宣言していたのをTwitterで見ていた。

「道産子で天下を取る」

「新作について『Blue Moon』と同じ位の強度を持ったコンセプトで、日本人キャストでできるものがないかなと思っていました。そんなところで震災が起きて。

それでわたし自身の作品がどうというより”とにかくこれは絶対にやるぞ、道産子(北海道生まれのこと)で天下を取るぞ”という気持ちになった。ちょうど『Ⅱ』を作った穂別の環境がなくなってしまったこともあったし。ニュースで震源地の映像が流れて、土砂崩れや倒壊していたりするのを見て少し固まりました。固まった後に“お前何かしろ!”と言われたような気がして2時間後には復興支援活動開始しました」。

こうして『兆』のプロジェクトはスタートした。自由にベースを駆使して様々な情景を描いてきた今沢が今、バンドサウンドに取組むことはどういった心境なのだろうか。

「36年前、ベースを始めた頃にすごく頭の中はシンプルでした。

“手塚治虫は漫画がうまいから漫画を書いている。だから彼が未来都市をイメージした時は漫画で表現した。私はたまたまベースを手にしているから、これを使ってSFを書いている”という感覚です。

今は昆虫絵画を描いたり、クリニックをやりますけれど、世界観は一緒。バンドをやる事はそうした世界観の表現の延長線上です。

今やりたいのは私がパスをすることで、パスを受けた人のかけがえのないフレーズを引き立てるものを作っていきたい。だから私の絵ではあるけれども、全部書きあげるのではなく、絵を共有する作者を配置して、最高のパスを投げる、それで結果的に私の世界観が反映されるものをやりたい」。

リリースされた20thアルバム『兆/kizashi』は何かがうごめき噴出する直前のエネルギーに満ちている。レイドバックした最新のビートと有機的なアンサンブルが一体となって進む。

「これで世界を取る」という今沢カゲロウ。彼のスピードの真価はベースのフレーズではなく思考の速度だろう。90年代末にはすでにフィジカルなパフォーマンスと機械とのクロスフェードを予言し、実現していたという事実が確かにある。

それをベース一本で。

その男が示した2019年の音はどんな世界観を描いているのだろうか。

<2へ続く>

今沢カゲロウ 公式サイト
※公式サイト内のショップで過去の作品が購入可能


今沢カゲロウ/兆/kizashi – TOWER RECORDS ONLINE 

<取材/文>鈴木りゅうた

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