ECMからリリースされた『Temporary kings』
ソロやデュオのようなステージ上の演奏者が少ない状況は演奏者にとっても、聴衆にとっても集中力を保ちつづけるのが難しい状況になりやすい。
演奏者からすればソロであれば、出せる音の数は一人であれば限られるし、その場で受けて返すインスピレーションも、アクティブな触媒は自分だけ。
デュオはアンサンブルとしては最小の単位。お互いの意図をお互いが組めば、素晴らしい組み手になるし、そうでなければお互いを引張り合うこともある。
関係も音楽性も試される。相手がいる分、抽き出しを隠しておけない可能性もあるし、どちらも即興演奏での精神的な消費は高い形態と言える。
そして聴く側にしても集中力がいるし、もし、演者とのフィーリングが合わなければなかなか難しい状況になる可能性を秘めている。
サックスとピアノ、そしてデュオ
マーク・ターナーはそうした精神的な消費という面を超越した存在の一人だろう。あくまで自分の音楽を主張するという点ではあらゆる面で自由だ。どのような場面でも高い集中力で自分自身の音楽的構想を表現できる現代サックス界の巨匠。
そのマークが2018年に元bad plusのピアニストであるイーサン・アイバーソンとのデュオ作品『Tepmorary Kings』をECMからリリースした。この作品はどちらが主役ということもない。管楽器奏者の存在感を鍵盤楽器の和音で支えたりしながら、様々な世界へと割りと自由に行き交う。二人は最近であればビリー・ハートのバンドでも録音やツアーを重ねており、気の置けない関係と言えるかも知れない。
もの静かでミステリアスなマークと、フレンドリーで穏やかなイーサンはお互いの音を補いつつ、自身の思う組み立てを実践し、絶妙のコンビネーションと、それぞれの独創性を存分に発揮している。
この世代でのサックスとピアノのデュオで近年、思い出されるのは、ジョシュア・レッドマンとブラッド・メルドーの作品がある。こちらはポップで華やかなジョシュアのテナーと重々しく重厚なメルドーのピアノという感じでなんとなく逆な雰囲気がある。またジョシュアはバッドプラスとも数年前に録音している。
暑い日本に厚着の二人
さてこの二人によるライブが日本でも一晩のみ行われた。
行われたのは8月24日で、ずいぶん経ってしまったが、ここにそのレポートを残す。マーク・ターナーは以前も彼のカルテットの来日をここに書いているが、2人という編成になることで、より、この男の底知れなさを感じさせた。また、イーサンも叙情的でリリカルな美と退廃的な危うさを表現出来るピアニストとして、その魅力を発揮していた。
暑い、蒸し暑い日本の夏。マーク・ターナーは厚手のジャケット、長袖、セルフレームのメガネ。渋く仕上がったテナーサックスがなければ、まるで秋の別荘地に出没した文豪のような佇まいだ。
イーサン・アイバーソンは黒いスーツに白いシャツ。丸い目にメガネ。スキンヘッドも相まって、映画に出てくる銀行員のよう。ステージから客席に知り合いの姿を見つけ手を振る。ピアノに向かうと一音一音を慈しむように弾き始める。マークは”相わかった”と鞘に手をかける剣術家のようにマウスピースのカバーを外し吹き始める。
まず驚いたのは、マークの音符はとてもスウィングしていたこと。硬いマウスピースで野武士のような、ある種武骨な音というイメージがあったが、デュオの演奏だと、聴こえてくる音の成分が違う。リズムに対してある種の滑りを感じるのが特徴と思っていたが、全然そうじゃなかった。つまり、それはコントロールした結果だったことがわかった。一音一音が表情豊かで、明るくも暗くも響く。機微の効いた音。
イーサンのピアノが、録音物と違い大胆にサックスのための帯域を抜いていることも大きい。時には左手だけ、しかも少ない指で控えめに。
バッドプラスは暴れん坊イメージのあるピアノトリオだが、イーサンを見るたびに単純に抽出しが多いというだけで、とでもリリカルでロマンチシズム溢れるピアニストだと思っていたがそれを証明していたような演奏。今回は特にそうした側面がよく出ていたライブだと思う。マークのサックスを全面に立て、少し控えたりと、メリハリが効いている。またソロでのヌメッとした美しさは独特なものがあった。
アンコールではマークが「早いのと遅いの、どちらが好み?」と客席に尋ね、”チェロキー”を演奏した。もはや、どちらでもよいではないか。両方やってくれという感じに会場は二人の音にやられていた。
終演後、出口で見送る二人。一緒に行ったサックス奏者の友人Aが「ソロのライブも次回は是非!」とマークに提案すると「独奏でのライブは一回しかやったことないけど、肉体的にも厳しいからね(笑)。考えとく」との答え。
管楽器のシンプルな独奏。ソロでのマーク・ターナーはぜひ聴いてみたい。しかし、茶は濁さない男の回答に”そりゃそうか、、、”と納得したのだった。
(文・写真:鈴木りゅうた)
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