エフェクターの歴史と楽器の関係
演奏者が使うエフェクターの歴史は広義の意味では古くからある。
楽器そのものに出音を変える効果を生むものを含めての話だが、演奏者にはそうした欲求が根源的にあるのではないだろうか。
今回、先にここでテーマとして定義するエフェクターは、スピーカーを介して音楽が伝えられるようになって以降の話と断わっておこう。
エフェクターを生演奏の場に積極的に持ち込み、それを続けているのはエレクトリックギター奏者、そしてオルガンから派生し、進化していった鍵盤奏者たちだろうか。
これにはもともとの楽器からの進化過程やアンサンブルの中で占める帯域がそれを許し、求めたのかも知れない。60年代以降に始まったその強い流れは、テクノロジーの進化とともにある。
鍵盤楽器はそのものの音色を大胆に切り替える機能を組み込んだシンセサイザーが80年代あたりから、普及できる価格帯に少しずつ入ってくる。ギターは日本でもコンパクトエフェクターの国内製造が盛んになり、爆発的に普及した。コンパクトエフェクターの普及に関しては、BOSSやマクソンなどの国内メーカーの貢献は小さくない。 こうした流れは他の楽器やボーカリストの中にも使用者を生む。
管楽器でもその流れはあり、もっとも積極的に使っているのはトランペッターだろうか。こうした流れが強まるかどうかは影響力のあるミュージシャンの存在や楽器の構造、性質などが関係しているのだろう。
木管楽器とエフェクター、その可能性
エフェクターを駆使したサクソフォーン奏者という視点で見ると、この領域はまだ未開拓の地だろう。マイケル・ブレッカーのようにE-WIなど、ウィンドウシンセを積極的に使用した例はある。しかし、サックスの原音を活かして使用されるケースは少なく、かつキャラクターは楽器そのもののキャラクターと比較すると弱い。いくつかの例は思い出せるが、多くを語れるものはほとんどない。
ARAKI Shinの試みの始まりは
2020年代の幕開けに向けて、そのサクソフォーンも含め、木管楽器の新たな始まりを感じる制作が、サックス奏者のARAKI Shinによって2019年の後半あたりから始められていた。
彼とは以前から交流があり、サックス奏者としての活動だけでなく、poiesisというレーベルを立ち上げ、リードオルガンの作品をプロデュースしたり、和声や、対位法を丹念に研究するなど演奏者としてだけでない視点と活動を行っている。
私の知っている限りでは、彼はエフェクター懐疑派という印象があった。研究熱心で、品質優先主義のARAKIにしてみれば、楽器自体の音やダイナミクス、PAへのフィードバックなどを気にせず使えるマイク選びや環境をまず気にしなければ行けないことを考えると導入の難しさなど障壁も多くあることもその理由の一つだろう。
再びやってくるコンパクトエフェクターの歴史
エフェクターにはいくつか発展の歴史があるが、2000年の頭頃から、ルーパーが台頭しサンプラー・ミキサー化の流れがある。またPCのソフトウェアが登場する。コンピューターの処理により遅れが生じるレイテンシーの問題を技術の進歩でかなり少なくすることができた2010年前頃には、そのままコンパクトエフェクターの流れを吸収するかに見えた。実際、PC連動型のシミュレーターを積んだマルチエフェクターの勢いは今も止まらない。こうした流れは、録音環境の自宅化とも関係している。
しかし、また今コンパクトエフェクターの流れに面白さがある。フィジカルな操作性の良さ、可能な範囲の制限が逆にイマジネーションをそそるのだ。また、そこにキャラクターや、音質劣化の無さ、あるいは力強さなどのファクターをメーカーは工夫し、使う人の面白さを増強させる。
可能性を広げた技術の進歩
さて、話を戻そう。まずマイクの問題について、彼が選択したのはviga music tools社のintramicだった。
これは管楽器に特化したマイクで、演奏環境を選ばない仕様になっている。薄く平たいケーブルを使用することで、ネックとマウスピースの間に通し、管の内部に入れてしまうというものだ。まだ日本に正規の代理店はないが、ケーブルはモガミ製だ。この仕様によって、「とてもハウリングが起こりにくい」という。そのため、急劇にレベル差が生まれるエフェクターを導入しやすくなったという。
コンパクトエフェクターをサックスでのソロ演奏に導入を開始したなかで、彼はdroloというベルギーのハンドメイドのグラニュラー系のマルチモードを持つエフェクターと出会う。
それによっておこる独特の雰囲気と、Sourceaudio社のNemesis Delayによるピッチシフト機能などを使用。これにより、エフェクターの使用感がありながら自然、かつ独特な音色を作るのに成功している。Nemesisによるハーモニーについては「平行4度や5度は、中世ヨーロッパの音楽を研究していたから、そのスケールなどを取り入れた演奏との親和性が高い」という。また、ツマミの可変で転調も表現することで、パフォーマンスに幅が生まれている。
新木管主義の到来〜音色を活かしつつ新たな地平へ
ミニマルミュージックやダンスミュージックなども消化し、教会音楽からも影響を受けて演奏を組み立てた結果、新たなサクソフォーンの可能性を示す演奏になっている。ディレイの音に寄り添う演奏はつい一瞬前の自分と向き合うようでもある。ルーパーで切り取り、また再び変化を加えていく様子は新たな地平を目指しているようだ。
これは私も考える今後の流れ、ポストプロダクションの即興化の始まりではないだろうか。2020年代はポストプロダクションの時代になると思っているが、そこへ木管楽器も踏み込みつつある。
「新木管主義の到来」、、、そんな言葉をARAKI Shinの演奏動画から感じたのだった。時代はより自由な創作を許容する。ARAKIは東洋人初のdrolo official artistとして今、メーカーのウェブサイトに名を連ねている。
(文:鈴木りゅうた)
ARAKI Shin Offical Website
drolo
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