柴山哲郎 『アコースティック』インタヴュー〜自分の音

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2023年に録音し、2024年に柴山哲郎が自主制作でリリースした「アコースティック」。このインタヴューは実は2024年6月に行ったものです。テープおこし後にデータごとPCが飛んでしまったことで、オクラ入りになりかけてしまった。それを再び起こし、まとめたものが今回のインタヴューです。実際に現在の心境や心情とは変化があるかと思いますが、一人のミュージシャンの2024年のドキュメントとして公開します。

様々なギターが“出てきた”ソロ作品

 自身で録音した『アコースティック』から感じたのは新しいフォークミュージック。いわゆる70年代フォークではない。ギターによるフォークロアミュージックだ。ブルーズ、アイリッシュ、トルコ、民謡などを内包しつつ、程よくインプロヴァイズも加えて自身の思うままにギターで表現した世界。

 様々な要素が出てきたことについて「意識はしていない。自然と出た」と柴山哲郎。これを録音したのは2023年の夏。「ビールを飲みながら録音した曲もある。エアコンを切って録音したんだけど暑かった(笑)。本当はもう少し涼しくなってから録音すれば良かったんだろうけど。やろうと思ったらやっちゃう。暇だったからね(笑)。自分の音楽以外やる場面も最近はなかった」との言葉通り、いろんな思惑を排除してゼロベースで創作された感覚がある。

 この数年、サポートとは距離を置いてきたが、そのスタンスも変わりつつある。演奏を仕事として求められた場合、多くは決められた世界観の一部になることが求められる。看板を背負う演者がおり、それを求めるリスナーがいることを考えると当然でもある。それがショービジネスの一つの側面だ。

「そうしたことは商売だから当然そうなる。そういう中だと上手いだけでは仕事がないこともあるだろうし。メインアーティストがいて、サポートミュージシャンがいる。サポートミュージシャンはサポートだからメインを立てないと意味がない。昔はそれが分からなかった。自分が目立ちたかった(笑)

でも本当は自分はさておき、メインをさらによく見せるのがサポートミュージシャンの仕事。かといって遠慮して小さく弾くのとも違う。行くとこは行く。それが出来る人が残ってるんやと思う。僕がギター始めた頃はサポートミュージシャンを目指す人は少なかったけど、今はむしろそれだけやりたいって人が増えた。自分はどっちかというと自分の音楽を一生やり続けたいという方だけど、サポートの楽しさも分かる。ずっと自分のだけやと疲れちゃうし」

 柴山哲郎の音楽への姿勢の背後には生真面目さが隠れている。結局、どんな時も完全燃焼しようという姿勢がある。レギュラーのトリオはもちろん、ウード演奏、あるいはサポートでのライヴでもそれは変わらない。その上で自分の音楽をやるという時はどういったスタンスなのか。

「基本的な方針としては自分の音楽を一生やるというのでいいと思う。それを見せつけてやるとかではなく。自分がまず、さらけ出す。そこはそうしなければ他のメンバーもいろんなものを出してくれないということもあるし。テクニックじゃない。脳天かち割る気持ちみたいなものを出す。そこに行き着くために日々練習があるという感じ」

 出せるものを出すということのひとつとして、この『アコースティック』という作品は自分一人、音楽に向き合い、いろんな音色やスタイルが並んだのだろう。それは様々なスタイルではあるのだが、このスタイルをやってみようという感覚ではなく、自分の音楽を昇華した結果ということがよくわかる。

 「この『アコースティック』でやったことは、あまり細かく覚えてはいないんだけど、自分の音色とかそういうことだと思う。やりたいようにやったことで、結果いろんなものが出た。だから、自分のギタースタイルの集大成という感じでもない。普段はエレキばかりでアコースティックはそんなに弾いてるわけでもないし」

自分が受けた感動を自分がどこかへ返していくという想い

 もう少し作品の背景を掘り下げるべく影響という話では出てきたのは柴山哲郎のフェイバリットとして度々名前が挙がるスティーヴ・モーズ。しかし、それもこの作品への影響としてはかなり概念的なものであり、具体的なものではないと言えるだろう。

「スティーヴ・モーズはアコースティックギターを弾くからそういう感じに近いのかも。彼はアコースティックアルバムは作ってないけど、彼のアコースティックギターはめっちゃ好き。ライブでやっている曲もあるしやってない曲もあるし。

若い頃に素晴らしいミュージシャンから受けた感動というかエナジーを自分がお返ししないとというのは常にあって。もう良いオッサンだからそう思うのかも。実際そうやって受け継がれてきたのかも」

 また、これはいわゆるソロギター作品というわけでもない。例えばクラシックギターなどの流れとは違う。そこからクラシックギタリストの異彩・山下和仁の話にも触れることになった。

「山下和仁はすごいよね。気持ちが高まりすぎて、ライブでは空回りしてる感じもあるくらい。強すぎてセゴビアに、もうちょっと右手を優しく弾いたらと言われたことがあるらしい。もう演奏家として常人じゃない域に居る。東京には出ず、いまだに長崎に住んでギターを教えていたりするところも含めてすごい存在。ただ、この『アコースティック』はそうした技巧的なソロギターとは対極にある。録音も結構重ねたし、この音源通り1人で弾くのは無理。ギター一本だけでしっかり長時間人に聴かせるのは大変だよ。余裕がない。そうして考えると、改めてタック&パティはすごいなとも思うし」

SNS時代で変わる機材環境と自己の確立

 当然、テクニカルさを売りにした作品でもない。テクニカルなインストは常に一定数の人気があり、そこに加えて近年は演奏者の低年齢化も見られる。恐るべきテクニックを持つ若者が続々と登場する。背景にはSNSの影響もあり、そこから拡散されて名前が知れ渡ることも少なくない。乱立する中ではより個性は重要なファクターになっている。

「ギタリストの主戦場が最近ではInstagramだったりするから、アンプにマイクではなく、ラインで録音してもよかったりする。こうなると真空管アンプは必要ない流れもある」という言葉はまさにその通りだろう。だからこそ自分の音、自分のスタイルを確立していくことはより重要だ。当然、そうした話題にもなる。

「昔は練習は辛いものだと思ってたけど、やっぱ練習の時から楽しくなきゃなと思うようになった。自分は今は練習というような練習はしてなくて、1人でジャムってる感じ。”フレーズ練習ってなんやねん”と思っちゃう(笑)。でもスコット・ヘンダーソンはそれしかやってないって。彼は何かのフレーズを吸収して自然に弾けるようにしてるから、全然違和感がない。普通の人は練習して、そのまま使うからフレーズが借物ぽくて脈打ってないんだと思う。スコットヘンダーソンは自分のものにするまでずっと弾いてるみたい。彼は1日ギターを弾くことしかしてない」

 結局のところ、『アコースティック』はその時、表現したいものを自分の出したいサウンドで練り上げたものということに尽きる。では自分の出したい音、目指す音についてはどう考えているのか。

「例えばカート・ローゼンウィンケルは自分の音をあえて作ったんじゃないかなと思う。そこには戦略的なこともあるだろうし、めっちゃ考えたんじゃないかと。ジュリアン・ラージはただギターが好きで自然にああなってる感じ。彼はコルトレーンのようなギター出家者なのかもなって。そうした戦略的なことや趣味嗜好がある上で自分にとって音楽は自分の好きなこと。好きなことは自分の好き勝手にやってこそカラーが出ると思う。自分はカラーを自然に出せたらいいと思ってる。僕の場合は指示されてやったことはイキイキしてないと昔から感じていて。だからこそ、やりたいようにやらないとダメだと思う。そこに魂が入ってたら、それが自分の音なのかも知れない。作為的に自分の音を作ろうとしなくてもね」 

CDと配信への悩ましい距離感

 今回、ほぼ一人で制作し、最初はCDをプレスする予定もなかった。

「今回は配信も自分でやってみようと思って、CDについては最初は作るつもりはなかった。録音とかは自分でやったけど、ミックス・マスタリングは頼んで。一応は打ち合わせをしたけど、ミックスしてくれた人もギタリストだからやりやすかった。娘が学校で描いて持って帰ってきた絵があって。それを見て”これめっちゃいいね”って。で、これをジャケットにしようと。5、6歳くらいまでは作為的なものがないからいいよね。そういうこともあるからこれは記念として一生売っていく」

一方で、配信に対してどういったスタンスを持つのかは今、過渡期とも言える状況になっている。サブスクリプション全盛の時代だが、費用対効果を考えると成立するのはごく僅かなミュージシャンという状況もあり、思考を巡らせなければいけない状況になっている。

 「今の時代、再生機を持ってない人も多い中、CDを出すのは「Attitude」だよね。配信は後々にはやめようかなと考えないこともないですが。いろんなところに配信するためのプラットフォームも手数料を結構取られるし、なかなか大変。タグづけも結構めんどくさかったりするし。アルファベット表記と漢字でばらけてしまったりする割に、それを改修するのは難しいし」

 最近は単発で配信のリリースもしている。それぞれが音楽的にも表現としても個性的な作品をシングルでリリースしている。

「実は自律神経失調症は病気の方じゃなくて自立について歌ってます。極論ですが、全員が自立できていれば政治家も選挙もいらないと思います。まずは自分からですが(笑)。これは演奏にも言えると思う。他のパートに寄りかかる演奏よりは一人ひとり自立してたほうが良い。確かに僕も10年前に自律神経やられて大変な経験をしたので、その大変さと、自分を両立させて生きていく難しさの両方の気持ちがある曲です

 その先には個性を聴く人に自然に感じてもらうということを目指している。これが柴山哲郎の音楽であり、ギターだというようなものを目指す。 

「自分の好きな音楽ですら自分の好きなようにできなかったら、ほんとに意味ないなと思って。みんなが好きなようにやれれば健康的だなと思うし。素直になれば自分がやりたいように弾こうとすると思う。自分の作りたい曲を作って、やりたいようにやる。まずそこからかな。後は自分のスタイルをもう少し確立したいと思ってる。その辺はあまり考えすぎないほうがいいかもしれない。ゆっくりだけど、ずっと作れたら最高だと思います」

個性派ギタリストとも言われる柴山哲郎もまだ自身の音について、ゴールと認識していない。音の道は果てしなく続く。ただ、一方で柴山ギター作品に必ずあるのは“ギターっていいよね”というシンプルな思い。この「アコースティック」はいろんな景色を見せるが、結局そこに帰っていく。やっぱこの人はギタリストなんだなと再認識する。皆さんもぜひ確認してみて欲しい。

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(インタヴュー・文 鈴木りゅうた)

後書として
今回、アクシデントをきっかけに、ここ数年、悩んでいた情報発信のあり方がどうあるべきかという課題についての疑念が吹き出してしまい、更新の手が止まってしまいました。その結果、記事のタイムリーさを失い柴山さんにも迷惑をかけてしまい、申し訳ない思いがあります。結局のところ、私個人が悩むべき課題ではなく、発信者は物事に真摯に向き合い発信していくことが重要だと思っています。一方で一年を経て記事化することで、この時、お互いにどういったことを考えていたのか、また一年での心の成長も垣間見ました。同じ卯年生まれでそれなりの年齢になっていますが、まだ変化し成長するということは大きな可能性でもあります。そこも含めて、以降の記事公開を見守っていただけると幸いです。

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