ブライアン・ブレイドが語るフェローシップの旅と創作哲学~2014年取材再構成

 ブライアン・ブレイドが今や、押しも押されもしない世界のトップドラマーであることは疑いようがない。ジョニ・ミッチェル、ノラ・ジョーンズ、ダニエル・ラノワなどポップフィールドのビッグネームから曲者、そしてもちろんジャズに関わるたくさんの演奏者は数えきれないほど多くのミュージシャンに信頼される存在だ。
一方で、自身のバンドでは相棒ともいえるジョン・カウハードとともに、美しくノスタルジックなソングライティングとその世界観にも注目されている。現在は自身のレーベルを運営し、過去作品なども自らの手でリリースしている。そして彼が未だ多くの音楽家に与えている影響は計り知れない。
この稿は2014年4月にウェイン・ショーター・カルテットのメンバーとして来日した際に行ったインタヴューを再構成したものだ。元々の原稿は2014年5月に発売されたJAZZ JAPAN誌に掲載されたもので、彼自身のバンドであるフェローシップの4枚目のアルバム『Landmarks』がBlue Noteからリリースされた際にリリースプロモーションをかねて行われたインタヴューを元に再構成した。

Fellowshipのインスピレーションはどこからやってくるのか

 時には雄叫びをあげながら全身で表現するステージで演奏中の姿とは少し違う。レコード会社の応接室で会ったブライアンは、細身でインテリジェンスかつミステリアスなアーティストといった雰囲気だった。そして佇まいだけからでも朗らかな人物であることは明らかだ。
 その当時はまだサブスク前夜。違法ダウンロードなどの話題もあったが、私もまだ月に何十枚もCDを購入していた時期でもある。しかし、タイミングとは不思議なもの。購入した作品群の年代は幅広かったが、なぜか彼の名がその多くにクレジットされていた。会話の端緒は自分自身のその出来事からだった。

“なぜかこの数ヶ月、あなたの様々な参加作品を聴く機会が多かったんです”と私がいうと「そういうことはたまに起こるよね。そういう出来事があると、何事も偶然とは言えないかもしれないと思うし、実際、何か必然的なものがあるのだろう」という答えが返ってきた。

『Landmarks』の前作『Season of Changes』は2008年のリリースなので、それから6年の期間が開きました。時間経過に関わらず共通するのは、フェローシップのどの作品を聴いても旅先などで壮大な景色を見ているような場面を想起したり何かノスタルジックな内面に接触してくるような感覚になることです。また、実際に旅先でそうした場面に合わせて聴くと景色に対して音楽が大きく作用してくることもあります。こうした曲は一体どこからインスピレーションを受けて創作しているのですか。

「自分自身、具体的に何にインスピレーションを得ているかと言うわけではないですけれどね。そうした意味では全ての経験からインスピレーションを受けているといえますね。僕らミュージシャンは出会った人や過ごしてきた時間であったり、いろんな経験をしてきたことを表現している。だから”この瞬間に、このストーリーを表現していかなければいけない”というものを曲にしているものです。

 聴いてくれた人は私の音楽の中に、自分の経験を思い起こして自分自身のサウンドトラックを作っていくことができます。音楽を聴いた時にそうした現象を聴いた人が感じられるのもイメージが聴いた人の中で膨らんでいるからなんだと思う。
そしてそうしたことが起こるのが音楽を作る、曲を書くということの美しさだと思う。その結果は誰も全く予想のつかないものでもある。僕らがどういったものに注目して、何に対して興味を持ち、それがどういう形で音楽になるのかは、僕らの中でも未知数なんです。だから自分は常にいろんなものに対してオープンな姿勢でいたいと思ってます」。

つまり、作品を通してこうしたダークでノスタルジックであったり、浮遊感のある、かつ優しい雰囲気の曲想などの共通したフィーリングは意図しているものではなく、滲んで現れてきた個性ということなのでしょうか?

「もちろん僕自身の個性やバンドの個性が音作りに反映されることはおおいにあるでしょうね。そうしたことをあえて語るとすれば僕自身は静かな瞬間とか、どちらかというとヘヴィーでダークな表現に惹きつけられることが多くあります。今回の『Landmarks』というタイトルトラックはジョン・カウハードの作曲ですが、一瞬ワルツを彷彿とさせるようなタイム感を感じます。でもジョンのソロになるとまた別のシーンになっています。彼と共同制作者として同じ旅に出てはいるけれど、同じ曲の中に違ったものを見ていて、そういう時に違うものが出てきたりもすることもありますし。でも、自分たちが作ったものが人々に届き、何か楽しんでもらえたり、感動してくれたらとてもいいことだなと思って作ってはいますけどね」

新たな船出としての陸標(ランドマーク)を感じた

なるほど。今回、なぜ、ジョン・カウハードが作曲したこの”Landmarks”をアルバムタイトルにしたのでしょうか。

「実際のところ、はっきりとした理由があるわけではないんです。ただ、この曲は今の自分たちを表してるという感覚があったんです。今やろうとしていることとの一致をすごく感じたし、その方向性がここに見えてると思ったんですね。それはフェローシップの前作、もちろん前々作など過去の作品とも違うし。今の自分たちがここにいるという標ということで、このタイトルがこの作品にフィットしたと考えました。
”Down River”もジョンが一人でメロトロンを弾いてる中で生まれた曲です。ピッチが不安定で不思議な感じもあり、そういうところが好きです。この曲はインプロヴィゼーションから始まったもので1分ほどの何気ない演奏でしたが、その中でもプレイの美しさがよく見えます。この曲では新しい門戸が開かれ何かが始まった感じがしています。船に乗ってどこかへいこうとしている瞬間を表してくれているように聴こえてきました」。

作品のリリースペースはいつもゆったりとしています。今回も久々ともいえるかもしれません

「今の時代はなんでもハイペースで、しかもいろんなことが行なわれていますよね。でも自分はそこにリアリティはないんじゃないだろうかと思うんですよね。自然と同じように物事は移り変わってはいくけれど、物語にはペースがあると思います。
だから、何かを目の前で振りかざしたり押しつけたりするようなものではなく、人々の中に少しずつ浸透してほしいと思っています。人々が聴きたいと思うような方法でプレゼンテーションしなければいけないということもあるでしょうし。こうした状況はそういうことを考えた結果かもしれないですけどね」。

自然に興味をひく方法であることが望ましいと。

「自分たちにインスピレーションを与えてくれるものに対して忠実であるべきだと思っています。そして他の人が共有したものに対しても、そうでなければいけない」

ギターから生まれた曲

あなたの作品にはギターがよく使われますね。その上で管楽器、ピアノ、ベース、そしてドラムが響き合うアンサンブルがとても印象的です。

「それは僕自身がギターで作曲しているからだと思いますね。ただ、作品として必ずしもギターを入れなければいけないとは思っているわけではないんですけどね。ピアノとギターで同じ和音を弾いても違う響きになるということがまずあります。
それに加えて曲が生まれる瞬間はギターで生まれてくるということもあります。ジョンはピアノで作曲しているので、また別の角度でみているということもあるでしょうね。

 結果としてはギターとピアノの複雑な響きの重なりのなかで僕自身はギターのサウンドはいいものだなという思いもあります。そのハーモニーが生み出す一つのタペストリーみたいなものがあり、その全体像が好きなんですよ」。

そのギターですが今回はジェフ・パーカーとマーヴィン・スウェルが演奏しています。

「みんなそれぞれのプロジェクトがあって一緒にいつでも演奏できるわけではないということがまずあります。カート・ローゼンウィンケルもジェフ・パーカーも、マーヴィン・スウェルも、みんなそれぞれいつ参加してもらえるかわからないからね(笑)。
連絡して都合がついたら、このプロジェクトに何かをもたらしてくれるだろうと思っています。そんな気持ちでいつも彼らに声をかけているんですけどね」。

今回、マーヴィンやジェフとのレコーディングで、印象的だったことはありますか

「マーヴィンにしてもジェフにしてもとても高いレベルで表現できるギタリストです。だから自分では想像もしていないようなものを音楽に持ち込んでくれます。すでに譜面にあるものに生命を与えるだけでなく、彼ら独自の表現を曲に加えてくれます。スタジオだと時間制限があるので、いろんなアイディアを練ったり時間をかけたりすることはすごく楽しいことでもあるけれど、1分間でも早く人に響くものにすることも重視される面もあるのも事実です。そうした中で何気なく演奏したものに対し”あ、これは曲にしたらいいかな”と思わせてくれたりすることが起きて、そういうことはとても素晴らしいと思います。
また、彼らの演奏にはジミ・ヘンドリックスやサンハウスなど彼らのルーツ的な先人の影が見え隠れしています。そうしたものを感じて聴くたびに素晴らしいなと思うんですよね。彼らの演奏もジョンの”Down River”のように違う瞬間のドアを開いてくれている感覚があります。そうした瞬間に自分自身が意図した以上のものが生まれる瞬間があります」

信頼や尊敬があるからこそ、自分自身も限界まで挑戦して最大限にやる

あなたがここでこうして生み出す音楽もそうですし、実際にライヴで演奏している場面では他のミュージシャンへのオープンマインドも感じます。優しさとか人間愛のような壮大なものまでもあって。それを受け入れて、そうした状況の中で最大限に貢献していくというような感覚を覚えます。

「自分はそうしたことはとても重要だと思っています。音楽を演奏する場合、まず基本として、お互いの信頼関係や尊重、尊敬はなくてはいけないものです。それぞれの人たちが何を表現しているのかを聴き取ること。それに対して積極的に何をリアクションしていけるかということが重要です。結果的にそうした循環が作品を作っていくと思っています。信頼や尊敬があるからこそ、自分自身も限界まで挑戦して最大限にやる必要があります」

なるほど。昨日、ウェイン・ショーターのステージをみましたが、ステージ上でまさにそうしたやりとりをお互いに行っているということが、今の言葉を聴いてよくわかりました。昨日のステージでは決め事は最小限で、とても変幻自在に聴こえてきます。実際のところ、あのステージ上では演奏者の間では何が起こっているのでしょうか。

「旅という話を先ほどしましたけれど、あそこでの出来事はそうした時間経過に近いものかもしれません。ウェインは総合的な作曲を目指していて、何もないところからリスナーも含めて音楽をとらえるというのが彼の音楽の産み出し方だと思います。
音楽を生み出していきたいという探求をしていった結果はとても感情的に満足のいくものであり、その結果得られるものはとても大きなものになります。水に例えると、一滴から始まった流れが大きくなって次第にみんなを巻き込んで一つのものが生まれるというか。

 あそこでは確かにウェインのヴィジョンを追っているわけだけれど、あのカルテットの存在自体が彼の作曲でもあるわけです。それが彼の表現でもあるのですが、80を過ぎても未だ非常にフレキシブルで、常に探究心旺盛です。音楽に身を委ねることを忘れない人なんですよね」。

あのステージにもし上がるとしたらとても怖いんじゃないかなと聴いていて思いました(笑)。でも、とても楽しそうだなとも思います。

「ははは。間違いなく楽しいです。あのメンバーで一緒にやって13年になりますけれど、最初の頃はとても緊張したし、演奏することへの恐怖心もあったんですよ。
ただ、彼は自分たちのプレイするものに対して自信を持って欲しいと考えているということがわかりました。それからは信頼関係が生まれて、お互いの絆ができあがっていったんですよね」。

フェローシップでの来日ライヴはしばらくなかったので、そちらもとても楽しみにしています。私の周りでも観たい、体験したいという声も少なくありません。そうした予定はありますか。

「ありがとう。そうして待ってくれてるのは本当に嬉しいことです。実際にあまり日本でこのバンドでのライヴはできていない。私も実現できたらいいと思っているけれど、その前にクリアしないこともがたくさんあるのも確かなことです。できる限り実現したいとは思っているから、もし実現した場合はぜひ来て欲しい」。

最後になごやかに握手を交わしてインタヴューを終えた。

そして結局、私自身、フェローシップでの来日ライヴを体験することは2025年まで待つこととなった、その間に彼は自身のレーベルを立ち上げ、自身の今までの作品をそこから販売する方針へと転換している。それまでBlue Noteからのリリースだったものも配給を自身に戻して長く、ゆったりと聴きたい人に届けたいと考えたのではないか。そこからは何事も真摯な彼自身の姿勢が滲みでている。

これまでライヴのメンバーとして幾度となく日本へ来ているブライアン。気付けば毎月、あるいは毎週来ているということもあるが、それぞれの場で全力のパフォーマンスを展開し我々を感動させてくれる存在である。

フェローシップでは自身の表現力が爆発していたのは印象的だった。多くの人が想像しているダイナミクスの幅よりもかなり大きな幅がある。小さな音も大きな音も美しく、それによりハーモニーは感情豊かに、ソリストも振幅の激しい演奏が可能になっている。これがタガが外れている状態なのだろう。そして激しい場面でもなお、均整のとれたゆったりとした感情がそこには流れているのだった。

文・構成/鈴木りゅうた

ブライアン ブレイド オフィシャルサイト

 

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