Quite Saneの復活〜アンソニー・ティッドへのインタヴュー前編

この記事を読んでくれている方はQuite Saneを知っている、または、覚えていますか。

自分は2000年代初期に人伝てに知り、ヘビーローテーションで聴いていました。その中心人物アンソニー・ティッドAnthony Tiddは当時、スティーブ・コールマンのメインのバンドFive Elementsのベーシストとして参加していました。また、トラックメイカーとしても活躍し、The Rootsのプロデュースチームにも加わるなどしています。

Quite Saneとアンソニー・ティッド90年代〜00年代のあゆみ

M-BASE的な音楽構造、ヒップホップ的な言葉と歌と、ジャズの解釈拡大、生演奏、インプロヴィゼーションとのシナジーを掘り下げていたのがQuite Saneだと思う。ロンドン生まれのティッドがロンドンで、10代の頃に友人たちと結成し、活動していたのがQuite Saneだ。ローカルな人気を得ていたようだ。その頃からベース奏者として、プロデューサーとして知られる存在となったティッドはThe Rootsのクエストラヴらの勧めもあり、アメリカへ拠点をうつした。

拠点変更後にスティーヴ・コールマンのFive Elementsでベース奏者、またThe RootsやJazzy Fat Nastyzなど、ヒップホップ、ネオソウル〜レアグルーブ的な界隈での仕事などで評価を確実なものとしていく。一方でロンドンで10代から組んでいた自身のバンド“Quite Sane”は解散していたわけではなく、2002年に旧メンバーと、シーン・リックマンSean Rickmanをドラムに、ゲストとしてスティーブ・コールマンを迎えるなど、M-BASE直系のリズムアプローチに、印象的なメロディラインをリフレインで多様したヴォーカル、そしてラップも含めた言葉を駆使し、Quite Sane名義のアルバム『The Child Of Trouble Time』をリリースしている。

この作品は友人に勧められて最初に聴いて以来、かなり気に入って愛聴いていた。ただ、その後の作品は全くなく、情報も特になかった。しかし、2022年ごろにSNSでニューヨーク在住の友人が、「信じられない」としながら、実際にライヴを見に行ったと投稿したのを見た。さらに2025年にEPでの3部作とサブスクリプションという形式で続編的な『To Kill The Children Of Trouble Times』を1年かけて3回に分けてリリース。その完結編の『Epilogue』を4月中旬に公開し、3作を2枚組LPとして500枚の限定プレスとなった。

今、時間を経て、自身の作品をリリースすること、またメッセージ色の強い作品であることなど、音楽や、販売形式なども含め、一連の流れや音楽が非常に興味深いと思い、インタヴューを打診。こちらの問いに真摯に回答してくれたアンソニー・ティッドへのインタヴューを中心にQuite Saneの新作についての考察などを深めたい。

ジャズとラップ、それぞれをより翻訳した音楽を目指す

実際のところ、3部作品となった『To Kill the Children of Trouble Times』のインナースリーブにこの作品をリリースした経緯やリリースまでの出来事などがティッド自らの言葉で綴られているので資料性としてそちらも非常に高いものになっている。

作品は20年前の作品と同様に構造的で楽器それぞれの個性とコンビネーション、メロディラインとハーモニー、ラップの韻の踏み方も含めて「完成している作品」という感覚を覚える一方で、親しみやすさ、インテリジェンス、不安、寂寥感など感情的なエレメントも十分に配置されている。また、各演奏者、それはシンガーやラッパーも含めてインプヴィゼーションの余地も残された音楽だ。

ティッド自身が公言するスティーブ・コールマン、ストラヴィンスキー、バッハ、そして数多くのヒップホップからの歴史的なまたその姿勢なども感じさせ、一つの集合体として練り上げられている。こうした発想の源泉をまずは尋ねた。

Quite Saneは非常に構造的で様々な楽器や歌のコンビネーションやリズミックなアプローチ、シンガーのメロディラインやハーモニー、ラップも含めて”完成している感覚”を聴いていると感じます。一方で音楽からは親しみやすさやインテリジェンスもあるし、どこか不安感や寂寥感も感じます。さらにはインプロビゼーションへの余地もあります。あなたが公言するSteve Colemanやストラヴィンスキーといった音楽からの意匠への影響、ヒップポップのアチチュードや歴史的な振り返りなどはその音楽から実際によく確認することができます。こうした構造的なことに加えて、感情的なもの、Shortyという人物が登場するストーリー性などのコンセプトはどういったもので、どんな発想に由来してきましたか?

「長くなるので可能な限り、短く答えるとすると、作曲的要素と即興的要素を、自分の大好きなラップの持つ感覚とを結びつけるということから発想しています。最初のアプローチは、かなりシンプルでした。具体的にどうやっていったかというと、ある形式に存在する根本原理を取り出し、それを別の形式へ翻訳する、という方法です。

自分でそれをやろうというきっかけの一つは、当時、自分が耳にしていた“クロスオーバー”している作品の多くに強い不満を抱いていたことも背景にあります。当時、よくあったのはミュージシャンの多くがラッパーを招いて、ほとんど何も変えないまま、既存の演奏にラップを乗せたり、逆にラッパーがジャズのレコードをサンプリングして、その上でラップするトラックを作ったりするような作品です。そのどちらも元の素材を本質的に変形するようなことはしていませんでした。

90年代の模索と数字を利用した撹拌

それで、自分自身で、ジャズとラップを結びつける方法を模索し始めました。それが自分が17歳か18歳くらいのことです。その頃、自分にとって、最大の影響源がジャズとラップという二つの音楽だったからです。

その時、自分が発展させようとしていた基本概念のことを「Logic Displacement Principle(論理置換原理)」と呼んでいました。なぜか当時は頭字語が大好きだったんですよ(笑)」。

 「この原理の核となるアイデアはシンプルです。ある分野で気に入ったものを、その背後にある“論理”ごと別の分野へ移し替えるというものです。そして、その作業の中で共通言語として用いていたのが数学でした。

自分が開発した方法の一つに、「Phonetic Vowel Correlation(音声母音相関)」というものがあります。これは、どんなテキストでも音高(ピッチ)へ変換できるという手法です。ここで重要なのは『その変換プロセスは、“テキストの韻の論理に従っている”』という点でした。だから、ラップのヴァースを扱う場合、そのヴァースそのものと直接結びついた旋律素材が生まれます。それはスタイル的にということではなく、もっと根源的な構造レベルにおいて行われます」。

20年を経て継続されたコンセプト

2022年頃、Quite Saneのライブを観た友人は、それまで、「Quite Saneはもうライブをやることはないのではないかと思っていた」と書いていました。私も『The Child of  The Trouble Times』の続編とも言えるこの新作を期待していましたし、今回の3部作を感心を持って聞かせていただきました。まず驚いたのは、20年近い時を経ていながら、前作と共通した感覚を、時を超えて持っていたことです。こうした点について意識的に維持しようと考えた点はありますか。

「実際にはこの20年でミュージシャン/作曲家としての自分の関心はすでに別のアイデアやコンセプトへ移っていました。前作との期間中に、プロデューサーとしては少なくとも10年間The Rootsと仕事をし、ベーシストとしては20年以上Steve Coleman& Five Elements に関わっています。

 そんな中で、親しい友人でありThe Jazz Galleryを運営しているリオ・サカイリRio Sakairiは、長年にわたって『The Child of Troubled Times』の続編を作ってほしいと言い続けてくれていました。それでついに新しいアルバム作るというタイミングが来たとき、自分には直感的にわかっていました。それはまったく新しいものではなく、“続編”であるべきだと。

自分は題材面でも作曲プロセス面でも、“続編であること”を文字通りに受け止めました。最初のアルバムを改めて聴き返し、自分がどのように作曲的アプローチを行っていたのかを研究するために、数か月を費やしてもいます。同じ技法や概念――母音相関、対称性、リズム・システムなど――を数多く取り入れています。編成さえも完全に同じにしました。自分は、この続編が“本当に最初の作品から続いている”と感じられるものにしたかったからです」

空白期間と再開

一方で、2022年ごろに再度ライヴを再開するまで、Quite Saneはどうなっていたんでしょうか。およそ20年近くの間、音沙汰のなかったプロジェクトはその水面下で、動きがあったのか、それとも何がしかの復活劇があったのでしょうか。

「残念ながら、空白期間のあいだ、Quite Sane にはほとんど何も起こりませんでした。元々のメンバーの大半は依然としてロンドンにいました。11歳の頃から一緒に演奏してきた仲だったにもかかわらず、2002年のファースト・アルバム以降、自分がイギリスを離れて以来、再び共演することがほぼありませんでした。

 その大きな理由は単純で、二つの大陸に分かれて存在する8人編成のグループを維持することは困難であるという現実です。長年のあいだ、さまざまなプロモーターやラジオ局、クラブがこのプロジェクト復活の話を持ちかけてくれました。でも、実際に移動やリハーサルなど費用の話になると、そのアイデアはすぐに霧散しました。

困難から学んだ柔軟性

 こうした月日を通して自分が学ばなければならなかった最も大きな教訓の一つは、「柔軟性」でした。以前の自分は、同じ音楽に対して複数のアプローチを持つことに抵抗がありました。常に、自分の頭の中で鳴っている通りに音楽が響いてほしいと思っていましたね。

 最近行ったAtelier Harlem Pop-Upでのレジデンシーでは、そうした今までの私の考え方をものすごく揺り動かしました。その時は、自分の目標を『この音楽を演奏し、かつその本質を損なわずに表現できる、本当の意味でのコミュニティ、あるいはコレクティヴを築くこと』と設定したのです。

 それと、自分は昔から、難しい音符やリズムを完璧に演奏できてもその音楽の意図を考えずに「譜面を読んでいる音」を出すミュージシャンが嫌いでした。それを避けるために3週間、自分がハーレムにある歴史的な建築物Brown Stone内に作ったポップアップ・ジャズクラブでQuite Saneは小〜中規模の観客に向けて演奏をしたのですが、その時もリハーサルを絶えず行い、メンバー編成も少なくとも週に2回は変えていました」。

最初はレヴューで紹介したいと相談したところ、気安く了解してくれたティッド。いくつか質問をメールでしたところ、そんなに軽くない内容の回答を、時間を割いて送ってくれた。

そこで今回は急遽、翻訳してインタヴューとしてまとめた。アンソニーはベーシストとしても、プロデューサーとしても多くの信頼を集める音楽家だが、ヒップホップにはジャズを、ジャズにはヒップホップをリアリティを持って一つの曲に複数の拍子を走らせるスティーヴ・コールマンの回答に加えて、ロンドンっ子ぽいアンテナの貼り方を見せる。

後編ではQuite Saneが伝えるメッセージの意図など、その精神的な部分やバンドについてをお伝えします。

(インタヴュー・文:鈴木りゅうた)

写真提供:Atelier Harlem

OFUSEからの応援をいただけますとうれしいです。
ご寄付はよりたのしい情報を発信していくための資金にさせていただきます。

OFUSEで応援を送る

google Ad

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です