ベースで描く未来ー今沢カゲロウインタヴュー Vol.3

BassNinjaは思わぬ場所へ現れる

今沢カゲロウの『ベースを通して、未来を描き出す』というコンセプトに対しての動きは常に一貫している。今、複数の肩書きを持ちながら活動する今沢はさながら“BASS NINJA”というSFのキャラクターだ。ベースプレイヤーを想像した時、思いもよらない場所へ突然現れる。

例えば、この9月にもルワンダで活動する人物との公開対談をおこなっている。はたまた幼稚園や保育園で園児に向けてライヴを行なったかと思えば前衛芸術のイベントにも現れる。昆虫絵画の販売枚数は2017年末~2019年の8月時点で170枚を数えたともいう。

活動範囲の幅広さはあるが、その軸足はベースを手にした36年前から変わっていない。

例えば“孤高の”というイメージはスタート時からただ一人で活動してきたということもあるだろう。しかし、そのぶれない姿勢は現在までの道のりをハッキリと示している。

高校時代はバンドもやっていました。でも周りがついてこない、趣味が合わないなどでみんな離れて一人になりました。それでも私はいろいろ曲を書き、玉光堂(北海道のレコードチェーン。楽器も店舗により販売している)UKエジソンなどに二十数分の組曲をカセットテープに録音して置いてもらい販売するなんてことも高校生時代からやっていました。頭の中で思いついたものをいろいろやっていて、気がついたらバンド編成から一人での活動を選択していました。

変わっていることをよく解釈してくれる人は、私に注目してくれました。音符の細かさでプレイヤー雑誌にも注目してもらいもしました。昔から書きなぐっていた“21世紀のエレクトリックベーシスト”というベーシストの未来像を記したメモが結果的に某メーカーのルーパー他各種エフェクターとして実現したりもしました。

そうした過程を経ても、頭の中は本当にシンプルです。自分の思い描く未来世界をベースを筆にして書いていることに変わりはありません。もし私がもっと器用であれば…例えばピアノを弾けるのならピアノを弾いていたでしょう、もしかしたら、いち早くコンピューターミュージックに手を出していたかもしれません。ただ、幸か不幸か、私は器用ではなかったので、ベースを使って、コンパクトエフェクターをいじり倒してそれをやってきました。コンピューターソフトの導入は2011年のケガでコンパクトエフェクターが踏めない体になったからですが、やはりやろうとしたことは同じです。理由はやっぱりシンプルなんですよね

必ずベースを手に現れる

今沢カゲロウのパブリックイメージには“テクニカル”“高速”というものが多いのは事実。確かにスラップや両手でのタッピングなど高い技術があり、それに対する評価も高い。また、あらゆるベースプレイヤーの名前やスタイルなどがインプットされたベース辞書のような知識には、幅広い音楽探求の跡が見える。しかし、実際に今沢カゲロウが目指すのはベースヒーローではない。ベースでいかに総合的な表現者として存在するかにかけている。

ベースを弾いているとすぐに“ジャコ・パストリアスやマーカス・ミラーが”という話になります。でも、そういうことではなくて…もちろん彼らの音楽を聴いたり、プレイを試してみたりもしてきました。ラリー・グラハムやルイス・ジョンソン、、、いろんなプレイヤーについて分析したりします。でも演奏家として活動する以上は、ただ彼らのフォロワーではいけない、絶対に自分自身の何かを作らないといけません。そこでイメージしているのはベースヒーローよりもレオナルド・ダビンチなんです。

今、大学で教え、昆虫の研究や絵を書いたりもしています。でも、どんな世界に行っても私が現れる時は必ずベースを持って現れるイメージです。ベースを起点にしていろいろなことがつながっている。いろんなところに触手を伸ばすと、ベースの演奏クオリティーが下がるリスクがあります。でもそこは世界基準で下げずにいろんなものを作っていく。そうした意味で頭の中にはレオナルド・ダビンチがイメージがありました。そう思っていたのでジャコやマーカスのようなベースヒーロー像はあまりピンときませんでした。

音楽家としてはスティーヴィー・ワンダーやジョン・コルトレーン、ジョン・マクラフリンなんかにはすごく惹かれました。資本主義やメジャーの動向…世間が売りたいと思っている事に対する距離感とか…そうした需要と供給の一致なんかで私もいろいろなパブリックイメージも作られているでしょう。そういうパブリックイメージは置いておいて、今は昆虫絵画を書いたり、加速進化クリニックをしたりもしています。けれども、そうした活動についても世界観は一緒です。

1982年のブレードランナー以降に私の人生観が変わってしまって、それ以降はずっとそういう感覚なんです。活動の中で“コルトレーンチェンジが必要です、教会旋法が必要です”となれば対応してきました。けれど、これも全てベースの延長線上につながっているだけ。今回、バンドをやった事はそうした世界観の表現の延長線上にあります」。

今沢の昆虫研究家、画家という側面。例えば、昆虫の鳴き声はツアー先などで録音しにいくこともあるという。『兆/kizashi』での虫の鳴き声もそうしたフィールドワークの成果として作品に繋がる。録音してコレクションした音声ファイルはすべて、譜面に起し、ファイルは鳴き声の調性ごとにフォルダ分けして、ライヴでも素早く活用できるようにしているという。昆虫研究は先進的なライヴパフォーマンスに積極的に活かされているのだ。

未来へ伝えるために

そうした幅広い活動の中で、音楽以外の面で、彼の未来志向がわかりやすく出ている一面として、教育者としての姿勢がある。また、彼を特認教授として招く、四国大学の先鋭的な姿勢も非常に興味深く、未来をどう作り出すかということにのみフォーカスしている姿勢は両者に一致している。

徳島県にある四国大学はもともと京都大学の副学長だった方が学長になられて。“日本の未来を作り変えていくような人たちに教えて欲しい”といったことを教授の選考時に考えたそうです。そのうえで猪子寿之さん(クリエイター集団チームラボ代表)とか、徳島と縁のある人が特認教授をされています。その中で私だけ全く徳島県と関係がないんですよ。

たまたま四国大学で外部ゲストの一般開放という形でリズムに関する特別講義をした際に話題になったようで、それで“この人が戦力に欲しい”と言うことになったらしいです。それで私は何者かという時にベーシストとしてのキャリアや、構築した音楽理論、心理学を勉強してカウンセリングをやってきたこと、昆虫音響の研究をしていて47都道府県の昆虫を識別できること、いろんな理系に精通していることなどが語られたようです。

その結果、東京から飛行機で月に3日間28時間くらいだけ授業をしに徳島まで行っています。四国大学は日本で1番3Dプリンター持っていたり、これからの動きにを見据えてアプローチしてます。学長も含めて完全に未来志向なんです

経験のある民間人を登用し、設備を整える大学の姿勢は、未来の人材を生み出す未来志向に明らかに立っている。学校経営という利益だけの話ではない、未来をどうつくるか、ということを教育が担う意味は大きい。今沢を特認教授に選ぶ姿勢もエッジにいる人の選択だ。そして、今沢カゲロウもやはり、未来を観る。

ジミ・ヘンドリックスや、フランク・ザッパとかマイルス・デイビス…世界をひっくり返すような音楽を作っていた人がいました。でも今、大学で教えているとどうしても音楽が、パンクやフリージャズさえ体系化されていくきらいがあります。ゼロからのクリエイトよりも情報処理的な要素も当然出てきます。以前なら音楽をやっていたような人たちはスポーツやITの世界に行ってイノベーションを起こしてるような状況です。

つまり音楽が形骸化してつまらないとなってる部分もあります。そう思った瞬間に何かを見出したい人は別の世界に行くこともあるかもしれません。今、音楽だけの世界で見るとほんとに即物的でつまらないものが多いかもしれません。私が今、現代美術の関係者と積極的に関わっているのは、そこからいろいろなフィードバックがあるからです。音楽の勉強をしたり、いろんな音楽を聴いたりは今も続けていますが、常に一瞬先の何かをひっくり返すような何かがないと面白くありません。せっかく音楽はお金とかの物理的なものを超えて作ってるわけだから、そこで即物的になるとほんとにつまらない。ただの情報処理業になってしまいます」と未来を危惧する。

だからこそ今沢は授業や作品を通して若いミュージシャンたちへ届けたいものがある。それを伝えることは先に走ってきたものの使命でもあり、それがまさに未来だからでもある。近年、この日本では消費のみに偏り、軽視されてきた『受け継ぐ』ということはまさに未来志向だ。

“形骸化されたものを人より早く学習し、習得して、人より早く見せること=誰かに気に入られてお金につながること”ではないと思うんです。ブルーオーシャンの中で何かを作ってお金につなげる方法もある。『兆/kizashi』ではそうしたことも提示したかった。

新たな発想力はゼロからなかなか持てません。いろんな大人からのきっかけが必要になります。その気づきを与えることを、もし私ができるのであれば大学の講義を含めてやっていきたいと考えています。私も本来は自分の音楽をやりたいわけですから、そうした思いがなければ教育者なんかできませんよね。ベースで未来都市を描こうと練習している過程で理論を構築してきたものを、もし習得することで人生が豊かになる子供たちが現れるのであれば、大人はそれを残す義務がある、それだけです。

子供たちにとってなにがよいかという目線で見れば、いち早く自然や昆虫、植物なんかについて知るべきだと思います。同じように世の中が氷河期になったり、天変地異が起きたりしても自分の才能で生き残っていく、自分の裁量だけで表現できるものを作っていくきっかけを、大人は与えていかなければいけない。それを微力ながら今やっているところです。別に清く正しくやるということではなく、どんなところにでもリンクしていく姿勢です」。

夢にあらわれた人物と新たなベース

今沢自身の現在、そして未来は何を描いているのか。

まぁ私は好き勝手にやってきてこんなガチガチできましたけど、今はアイデアが溢れ出ています。もう次のことを作り始めますよ。今、すごく調子が良いんですよ」。

こう語ると、元気になったきっかけだと、ある日見たある不思議な夢について語ってくれた。それはホーキング博士がレオナルド・ダビンチのサインが入ったAIを体に搭載して、一人で野球を始め、ものすごい勢いで活動するというものだったそうだ。その夢で今沢は「私もこれをやりたい!」と強く思った。それからとても調子がいいのだという。

自分の年齢で言えば、これからどんどん元気がなくなり、覇気がない状態で落ちていく人生が1つある。でも思いっきりガンガンやる人生もある。どちらにしてもいつ死ぬか分からない。元気のないままやっていくのか、夢に見たホーキング博士のように元気にやるのかが選択できるなら、私はホーキング博士の選択肢を取る。

それで、この感覚をキープする方法として思いついたのが1日に1つ馬鹿なことをするということです。最近、大学で教えているので若い子と触れ合いますが、彼らは日々新しい音楽を聴いたり新しいものを取り入れています。そういう子たちが見てもドン引きするような変なことを毎日やればいいと思いついたんです。子供たちがドン引きして“先生、こんなことに何の意味があるんですか?”ということが実はすごく意味のあることになるかもしれない。

今、AmazonやGoogleだと騒いでる人たちは氷河期がきたら生き残れないでしょう。氷河期になっても死なない人とはスティーブ・ジョブズとかウォルトディズニーとか単体で見ると完全にはみ出ている人です。私はほんとうにバカバカしいようなことをやり、何の役にたつのかわからないようなことに、『意味がない』とは思っていません」。

常に新たなものに触れ、それを受け止める感覚を保てるか。この感覚は人間の成長に重要な鍵を握っている。今沢が進化し続けている理由はそこに秘密がある。

新しい音楽に触れたり、新たな人物とコンタクトを取ると、自分にとって“I don’t Know”としか表現できない言葉のニュアンスには、他にも“I can’t understand”や“I have no idea”という使い方もあることを知ることができます。そう思い、それを取得した段階で、自分のものとして出せるんです。“俺流でいい”とか”譜面なんかいらない”となってしまうとすごくもったいないことになる」。

今沢カゲロウは死線をくぐり抜けて来た。情報処理能力は圧倒的に早く、自身の道を突き進むが、どこか柔軟さを持って常に取組んでいるように見える。

自分がバンドをやる時はどの音を出したら他の人の音がかっこよく聴こえるのかということだけを考える」と繰り返す。そこにもやはりその先にある何か、次に何かがおこることに対する期待がある。

「いろんな人とやることをいかに形骸化せずにやれるか。相手を支配せず相手にも支配されず、自分の色彩を表現することが基本にあります。ただただ自分の凄さを、テクニックで見せる必要なんてありません。曲として必要なのでテクニカルなことをやってきたわけで、実は、スラップなんか私は好きではないんですよ(笑)」。

こうした表現者としての突き詰めた姿勢は楽器製作者を動かしている。

黒い6弦フレットレスから現在は実は野球好きの今沢が“セカンド・ライ都”と名付ける深緑の6弦ベースがメインになっている。これは日本を代表するギタービルダーPGMの乳井氏の手で時間をかけて作られたものだ。乳井氏も今沢カゲロウの演奏にエレクトリックベースの未来を見たのではないか。

今メインになっているベースはPGMの乳井さんと吉田さんが3年かけて作ってくれた6弦のフレットレスです。6年前にダモ鈴木(ジャーマンロックバンドのCANにかつて在籍)ネットワークで私が演奏している時に乳井さんがライヴ会場に現れて、ずっと使ってきたmoonのMBC-6(黒い)について”これ1本で旅してるの?これ壊れたらどうするの?”と聞かれました。”しょうがないので現地で19,800円の中国産ベースを見つけて、それでなんとかしのぎます”と答えたら”あんたみたいな人がそんなことやっちゃダメだ!あなたはエレクトリックベースにおける山下和仁(クラシックのトップギタリスト)なんだから。私があなたのサブベースを作るから”と言ってくれて。

結局、いろんな方からの協力も得て出来上がりました。そうした経緯もあるし、楽器のクオリティとしてもサブにするなんてできなくて、今はこれがメインになりました

セカンド・ライ都(左)と新たに加わったPBタイプのセンター・フクモ都(右)

さらにこの夏、36年ぶりにプレシジョンベースを手にした。実は今沢はベースを始めたばかりの時にプレベを入手し、しばらくしてフレットを抜いたという思い出も持っているという。

今の自分の方向性として“フレットのある楽器が欲しい”“バンドもやりたい”となって4弦のプレベが欲しいと思いました。今回それがmoonから出来上がりました。Kuwabara pickupを搭載してナット幅は通常のプレベよりも少し狭い仕様にしてます。バンドに入った時にロッコやピノ・パラディーノのような、より下から攻めるプレイもやりやすい。そして改めてわかったのは、今のメイン機の音も当然ながらメチャメチャ良いということ」。

Photo by Araki Shin

未来へ向けた最高のパス

プレシジョンベースの入手はアンサンブルへの積極参入とも取れる新たな変化といえる。『兆/kizashi』リリース後のライヴのあり方についても言及する。

例えば、バンドでアルバムの内容を再現するレコ発的なことをやるのは違和感があります。一部のメンバーとやるとか、ベースとサンプラーで何かやるのはありです。Flyng Lotusみたいなスタンスでなんらかの機材を導入して、そこにフルバンドにを召喚するとかそういう事も考えています」。

北海道震災に対し立ち上がり、新たに生まれる何かを育むために始まった『兆/kizashi』のプロジェクトはそこからさらなる動きへの気配がそこかしこに溢れている。

今回、招聘されたミュージシャンの今後の発展への思い、自身のアンサンブルへの姿勢を全面に出した作品作り、そして作品を聴いた人へ何を見せられるのか。

今、音楽を作り、発表することはビジネス的には厳しくなり、行為としてはより簡単になった。

一方で、ミュージシャンがリスナーへ出せる最高のパスとは一体何なのか。言葉では表現しきれないから音楽をやる。言葉で埋められないから音楽を聴く。誰かがシュートを決めるための音楽からの、今沢からのパスが『兆/kizashi』なのではないだろうか。

そして、今沢がくりかえし発言した“最高のパスを出す”ということは、実はバンドメンバーに対してのみということではないのかもしれないと思い始めている。

例えば、この記事は、今沢カゲロウのベース忍術的パスから繰り出されている一つのシュートの形なのではないか。

未来のために行動するということは、誰かのパスを受けて、それをさらに最高の形でシュートし、誰かに最高のパスを繫ぐことなのかもしれない。

そう思うと、これを読んだ人が、ここから何かを受け取ってくれる最高のパスになっていればよいと願わずにはいられない。

(インタヴュー・文/鈴木りゅうた)
Specal Thanks&Photos:Araki Shin

21枚目のアルバム制作プロジェクト始動!

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