20枚目のアルバム「兆/kizashi」
今回、今沢カゲロウは北海道に強く関わるメンバーを集め、バンド形態でのアンサンブル作品として20枚目のアルバム『兆/kizashi』を世に送り出した。
その始まりの糸口は2013年まで遡る。
「私は2013年から”BASSNINJA wired”いうプロジェクトを立ち上げて、いろんな街の人と瞬間作曲をやっていました。ダモ鈴木さんの“インスタント・コンポージングやウェイン・ショーターが自身のアドリブを”瞬間作曲と呼んだりしています。そうした言葉は私の座右の銘にもなっていました。
ベーシストは自分の音の配置でアンサンブル全体を表現したい世界に導くことができます。このBASSNINJA wiredでは、みんなにお互いの音をよく聴きながら音を出すことだけやってもらい、一緒に音を出すことを続けてきました。それを今回、もっと高いレベルでやりたかった。その上で、ロバート・グラスパーやマイルス・デイヴィスの『Get Up with It』とか、自分の中でモデルになるようなものがいくつかありました」。
誰も予測出来ないメンバー
選抜されたメンバーはそれぞれ、独自のフィールドで活躍している個性的なメンバーだ。しかし、ここにスター的な存在はない。
「今回はギターヒーローやドラムヒーローは必要なかった。北海道出身にはたくさんスターのミュージシャンのがいます。今回はそういうことではなく、もっと世界観を反映できる、チームプレイに徹することのできるミュージシャンを探していました」という。全員で協調しながら目標達成の出来るメンバーを求めた。
「メンバーの中で最初に選ぶと決めていたのは私の出身地でもある江別出身のギタリスト吉岡祥一さんでした。吉岡さんは江別の音楽文化を全面的に支えてる人です。Turn Aroundというバーのマスターで、ずっとハリウッドで音楽を勉強していて、今は江別に戻りお店をやっています。ジェフ・ベックみたいなこともできるテクニックもある人ですが、音色へのこだわりもある」
ベースでギターの音域をカヴァーしてきた今沢が、今回求めたギタリスト像はベースにはない音色を持ち、サウンド全体をまとめるギタリストということだった。
「ギター本来のニュアンスやフレーズだったり、網羅しきれない本当のギターのフリケンシーを吉岡さんのギターにお願いしたかった。ギターはレジー・ルーカスとU2のEdgeの中間を狙ってます。吉岡さんのルーツにU2はありません。“Edge的な”というのはアンサンブル全体をすくいあげるギターという意味で、そこはしっかりやって頂きました。
あとはD’Angeloの後で鳴っている乾いたカッティングのイメージなどがありました。私の作品に参加するギタリストと聞いて、例えばキングレコードでリリースしたアルバムをイメージした人はテクニカルなプレイヤーをイメージしたと思います。スティーヴ・ヴァイみたいなギタリストで“複雑なキメがめちゃめちゃある”とか。でもそんなみんなが予想するようなことを誰がやるかという感じです(笑)」
ドラマー探しは難航したという。いろいろな人にドラムは誰かいないかとたずね、名前があがったのが岩崎隆太郎だ。岩崎は札幌で喃語やthe hatchなどのバンドをいくつか掛け持ちしている注目株だ。今沢は親子ほどの年齢差がある彼を親愛の情とともに“隆(りゅー)さん”と呼ぶ。
「隆さんはずっと和太鼓をやっていてドラムは大学に入ってから初めたそうです。もともとは和太鼓のためにドラムを勉強したいと思ったらしく、それでドラムを始めたら開眼した人。それまではLed Zeppelinとかマイケル・ジャクソンとかそういう感じのものしか知らなかったらしいです。 今は黒人音楽とかヒップホップとかにも詳しいし、メキメキと力をつけてきています。
他のドラマーと違うのは変に手数に走らないところです。テクニカルなドラマーは1人で求道的になって音楽的じゃなくなることがありますが、もともと和太鼓出身なのでドラムに求道的なところがない。ただ、音色への感性はものすごくある。今回はロバート・グラスパーやカマシ・ワシントン、現在のUKジャズの流れも意識したことをしたかったので、隆さんの力は大きかった」
鍵盤は工藤拓人に託した。Sapporo City Jazzで行なわれた第一回のオーディションで優勝し知名度をあげた工藤。実は彼がまだ大学生の時に私も一緒に演奏したことがある。物腰柔らかく柔軟性の高いピアニストだ。今沢とは2014年にリリースされた17枚目のアルバム『spin,spin』に参加し共演済みで「唯一、予想で来そうな(完成度の高さとマッチングが確実な)メンバー」と今沢もいう。現在は東京に拠点を移して主にジャズのフィールドで活動している。
「ジャズ的なことをしたかったのでハーモニー的なことではピアノの工藤拓人さんの力も大きかったです」という。
一期一会の音、そして密度
ヒーローやスターは確かにいない。しかし、メンバーへの今沢からの敬意と信頼はとても厚く、それぞれに独特の個性が融合して生まれる未知の生命体のようなアンサンブルが姿を表している。
まさに何かの兆しを思わせるハプニング前の空気感。ベースでSFの世界観を表現するという今沢らしい、未来感が表現されている。
レコーディングはほぼ会話を交わす前から録音を開始した。実際に0からアンサンブルが組み上がっていく様子をドキュメントしたのが1曲目の“secta”だ。このアルバムの意義を全面に提示するかのようなディープなセッションと急に溶け合い動き出す瞬間が見える。
「録音は寒波が来る直前の、丁度、札幌雪祭りのころに録音しました。サウンドクルーの山崎さんが“復興支援なら録音にライブハウスを使ってください”と言ってくれたので、そこにメンバーを集めました。
山崎さんは場所を貸してくれただけじゃなく、エンジニアの坂本さんと前日から仕込みもしてくれました。メンバー同士では工藤さんと吉岡さんは会ったことがありましたが、後は全員、お互いに面識がない状態でした。それでスタジオに入いる直前に“テープ回しといてください”とこっそり伝えてサウンドチェックをなんとなくしているうちに15分経ったものがこの曲です。
実は隆さんと、この録音前にデュオでライブをやっています。その時もわざわざスケジュールを合わせてくれて、2時間前から会場に来てくれた隆さんに対して、私はあえてほとんど会話をせず、軽く挨拶だけして、彼は店のロビーでひたすらスマホなんかをいじってました。ほんと、その時は申し訳なかったのですが、彼を少し邪険にして(笑)。全く会話をせず本番をいきなりやりました。もう二度とこういう瞬間はやってこないんですよね。それ以降はどうしても自己模倣に走ったり、完成度を高めようとかそういう風になりますから。
この“secta”でもそういう一期一会のものを取り出したかったんです。虫のイントロが入る前の部分は、ほんとにただチューニングとかサウンドチェックです。録音したものを坂本さんと聴いて“ここ、いいですよね”と切り出しました」
アルバムの全容としては最初は少し違うヴィジョンを持っていた今沢。
「最初はもう少し昆虫色を強くしたかったんです。でも結局“イントロとエンディングだけでいいや”となりました」
この昆虫の鳴き声は、このアルバムが北海道震災との関係を強く表す意味がある。
「オール北海道キャストと言ってますが、実はあの昆虫の声だけは松山の山奥でとっています。17、18種ほどの昆虫が鳴いているところにわざわざ行って録音しました。
何がしたかったのかというと震災が起きたときに震源地で絶対に鳴いていた昆虫が2種類いたはずなんです。それはエゾエンマコオロギとカンタンという虫です。オープニングはいろんな昆虫が鳴いている中で最後にカンタンの声だけが残って曲が始まる。街の雑踏の、いろいろな価値観が溢れていく中、1人北海道の虫が鳴いて、その頭の中が広がっていくというイメージです。
最後の“say bye”は北海道にはいないヒロバネカンタンという虫が鳴いている中で、そこから決別してカンタンがヒリリリリリと鳴いて終わります。それも雑踏の中から1人、北海道の子が残るイメージ。その環境を録音するためには北海道では録れません。ちょうどいろんな昆虫が鳴いている環境の中で北海道の虫も鳴いているものが松山の環境と当てはまりました」
2曲目の“兆”のはみ出しそうな現代的なグルーヴが印象的なイントロ、工藤のきらめくようなキーボードなどまさにロバート・グラスパー的なレイドバックを意識した曲に仕上がっている。続く“体躯-軸”など全体的にポップさのある内容だ。通して、人間ぽい暖かみとどこか冷たい空気感が共存する。
エピソードが面白いのは4曲目の“クドーサン”だ。
「実は“クドーサン”と言う曲は4輪駆動の駆動と太陽を合わせて駆動Sunという意味です。カタカナ表記にした方が“ニンジャスレイヤー”みたいで面白いかなぁと思って(笑)。多分、これを工藤拓人さんが見たときに“あー、これ僕のことだ”と思ってるでしょう。でも実は違うという(笑)」
バンド仕様のBASSNINJA
この作品での今沢のベースはとにかく重心が低い。低音を活かした重い乗りのグルーヴと現代的なリズムセンスに溢れる岩崎のドラムとが絡み絶妙な仕上がりだ。
「私も昔はジェフ・バーリンみたいにリアピックアップだけでパラパラ弾きまくるイメージでした。でも今回はリアピックアップはソロパート以外は全く使っていません。右手の位置もネック寄りの場所を撫でるように弾いています。最近のピノ・パラディーノとかそういうイメージです。最近Thundercatなんかも使っているピグトロニクスのベースフェイザーを使っていて、それですごく太い音になっています」
他にもテクノやダブなどを意識した今沢らしい“伯林(ベルリン)鉄道”など、バンドは未知の世界を走り抜けるSFロードムービーのようにエンディングへと向かう。今沢は参加したミュージシャンから出てくるものを受け取り、世界観に合わせて最適解を返しながら導いたのだろうか。確かに力の結集を感じる作品だ。
“孤高のソロベーシスト今沢カゲロウ”という今までのイメージからは少々意外な姿かもしれない。しかし、私は逆に自分のスタイルを変えても忍ばせてくる変幻ぶりにまさに忍者のようで戦慄する。
録音のムードは言葉よりも音で会話するような雰囲気だったようだ。
「レコーディングはほとんど会話は交わさず、でもお互いにそんなに他人行儀でもなく雰囲気は悪くなかったと思います。私が皆さんのことを尊敬していて好きだと言う事は伝わっていたと思います。
今回はヒーロー不在でそれでも絶対勝つ感じがうまくいきました。日本ハムファイターズの栗山監督の心境です(笑)。今は入り組んだポップミュージックもある時代ですが、そうした手法を使わずに新しいものを作るやり方があることを示したかった」
『Ⅱ』から線が伸びて『兆』というタイトルに変化した、そんな字面にも見えた。思わず本人に訪ねると「それは全然ないんですけど」としながら『Ⅱ』との不思議なリンクについての答えが返ってきた。
「ただ、結果的にそうなったのは深層心理的にあるかのもしれません。“北”という字にもにていますし。最近は『兆』のツアーなのでその収録曲をやらなければいけませんが、“Blues-NIN-Machine”(アルバム『Ⅱ』に収録)を復活させて、地震の時に鳴いたカンタンとエゾエンマコオロギと共演しています。タイトルは抜けが良いことと過剰に長すぎないこと、言い忘れない、いい間違えないというのが基準です。その中で『兆』は忘れなかった」
この『兆/kizashi』の制作に取りかかるまで実は「少し動きが重かった」という今沢。
「今まで年に1枚必ずアルバムを出してましたが、実はこれ3年ぶりなんですよ。その上で『QUAI』はほぼライブバージョンに近い。『Blue Moon』はV.セルヴァガネーシュのアイデアをもらって…つまり南インドのリズムを借りていて、自分の音楽性は少し休めている感じもあります。そうした作品から数えて3年なので、自分のミュージシャンとしてのサイクルとしてはすごく長かった。
いろいろやりたいアイディアはありましたが、何故か足が動かないんです。年齢的なものとかも今思えばあったのかもしれません。でも、今回地震が起きて“そんなこと言ってられない”と奮い立たされた。
同じくクラウドファンディングで制作した『Blue Moon』はチームだったので作業が早かったけれど、今回は完全に1人だったので大変でした。それでもすごく奮い立たされて必死にやって」
新たな創作へ
以降、創作意欲と活動意欲に溢れている今沢。すでに新たなベースを入手し次のコンセプトへ動いている。
「実は36年ぶりにプレシジョンベースを入手しました。イメージしてるのはJピックアップを使う前のフランシス・ロッコ(タワー・オブ・パワー)のサウンド。つまりベースの音自体はモコモコしてるけど本人のタイトさでコロコロと十六分音符を弾き、結果的にものすごく重心低くアンサンブルが完成している感じです。本人の演奏はすごく緻密だけど出てくる音がすごく低い。それがやりたい」
2011年の骨折の話や、活動への腰が重い時期の話を聞き、不謹慎ながら“やはり人間だったか…”と安心した。しかし、相変わらず「ちょっとした移動はジョギングで」という話を聞き、やっぱり人間だけど“本物の忍者なのかも”とも思い直している。
(取材/文/写真:鈴木りゅうた)
(株)ムーンギターズの公式サイト
今沢カゲロウニューシグネイチャーモデルPB-4
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